本日、暑気払い会と

事務所(我が家なのだけど)これからは皆さんに気軽に遊びに来ていただきたいと、今日、5時ごろから交流暑気払い会と来年の40周年に向けてのおしゃべり会を開催。

8時過ぎまではやっていると思います。

わたくしのイアンもあってか、30人ほど来てくださる。

(イアンシルビア、っていたな!)

お気軽にお顔を見せてください。

500円会費。

食べ物、飲み物たくさんあり。

車の場合は、徒歩5分の初雁球場駐車場が無料。

22時まで。

とりあえず置くという場所も、すぐ裏にあり。

「戦後80年」はあるのか [読書日記687]

題名:「戦後80年」はあるのか ――「本と新聞の大学」講義録

モデレーター:一色 清、姜 尚中(いっしき・きよし、カン サンジュン)

出版:集英社新書

価格:780円+税(2016年8月 第1刷発行)

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毎年八月は、戦争に関係した出来事の本を読んでいます。

今年は、本書を読みました。

“私たちに「戦後80年」は到来するのだろうか”という主題で、モデレーターの一色清氏と姜尚中氏が基調講演を行ない、その後に各講師が講演した記録です。

もちろん、“「戦後80年」はあるのか”というタイトルには、「『戦後』がいつの間にか『戦前』に変わっていくのではないのか?」という疑念が織り込まれています。

講師と演題は次のとおりです。

 第一回 基調講演 一色 清×姜尚 中

 第二回 比較敗戦論 敗戦国の物語について 内田 樹

 第三回 本と新聞と大学は生き残れるか 東 浩紀

 第四回 集団的自衛権問題とは何だったのか 憲法学からの分析 木村 草太

 第五回 戦後が戦前に転じるとき 顧みて明日を考える 山室 信一

 第六回 戦後日本の下半身 そして子どもが生まれなくなった 上野 千鶴子

 第七回 この国の財政・経済のこれから 河村 小百合

 第八回 総括講演 姜 尚中×一色 清

印象に残った文章を3つ引用します。

1.

【第二回 比較敗戦論 敗戦国の物語について】から、内田樹(思想家・武道家)さんの言葉。

“僕は歴史修正主義という姿勢に対しては非常に批判的なのですけれども、それは、学問的良心というより、僕が愛国者だからです。

 日本がこれからもしっかり存続してほしい。盤石の土台の上に、国の制度を基礎づけたい。僕はそう思っている”(56p)

2.

【第四回 集団的自衛権問題とは何だったのか 憲法学からの分析】から、木村草太さん(憲法学者)の言葉。

“責任ある自衛隊派遣には、事後的検証や責任追及のための厳格な手続きが不可欠ですが、このように過去の失敗(イラクへの自衛隊派遣)の検証すらできない国が武力行使や後方支援を拡大する、これは今回の法制の最大の問題点だと思います”(125p)

3.

【第六回 戦後日本の下半身 そして子どもが生まれなくなった】から、上野千鶴子さん(社会学者)の言葉。

“その(人口が減少してゆく日本)中で格差拡大よりは、むしろ所得とリスクを再配分することによって、できるだけ格差の少ない社会をつくっていくのがゼロ成長時代の成熟社会のシナリオです。

 こちらの方向に行くしかないと良心的な社会科学者たち……経済学者、社会政策学者、社会学者、政治学者等々は、もう何年も前、人口減少がはっきり目に見え始めた二十年ぐらい前から言っていますが、今でも成長の夢から覚めない人たちが、完全に勘違いの「新三本の矢」とか言っています。

 「新三本の矢」にはエビデンスが全くありません。エビデンスがないものを「妄想」と言います。妄想のもとで政策を出しているのです”(210p)

そして、一番心に残ったのは、次の一文でした。

【第五回 戦後が戦前に転じるとき 顧みて明日を考える】から、山室信一さん(歴史学者政治学者)の言葉。

“戦前への転換期にみられるメカニズム:

 まず一つは、国際情勢の変化のなかで、仮想敵国と軍事同盟の話が現れてくるときです。武装することで平和を実現する、平和を守るためには軍備が必要であるという主張は、戦後から戦前に転換する際に必ず現れます。(略)

 二つめの契機は、平和を脅かす脅威を煽り、敵を侮蔑し憎悪する集団的心理が現れてくるときです。なぜ戦争が必要なのかといえば、平和を脅かす脅威があるというのです。(略)

 そして三つめの契機は、ある一線を踏み越えるという感覚が個人に現われてくるときです。

 精神分析学にトランスグレッションという概念があります。これは、個人の行動において正常な判断ができなくなると、ふだんならやるはずがないと思っていることをある瞬間に平気でやってしまう精神状況のことです”(158p〜160pから抜粋)

一つ目は、すでに表れています。

二つめも、必要以上に煽る人たちがいるように感じます(平和を脅かす脅威があることは事実ですが)。

家族や友人、そして自分のために、無事に「戦後80年」を迎えてもらいたいと真剣に思いました。

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一色 清(いっしき・きよし)

朝日新聞社教育コーディネーター。1956年愛知県生まれ。

1978年朝日新聞社入社。以降、経済部記者、経済部次長、「アエラ」編集長、「be」エディター、出版部長補佐、「WEBRONZA」編集長などを経て、2013年より現職。

2008〜11年にはテレビ朝日報道ステーション」コメンテーターも務めた。

姜 尚中(カン サンジュン)

政治学者。東京大学名誉教授。

1950年熊本県生まれ。国際基督教大学準教授、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授、聖学院大学学長などを歴任。

専攻は、政治学・政治思想史。2016年熊本県立劇場理事長兼館長に就任。

著書に『マックス・ウェーバーと近代』『日朝関係の克服』『在日』『姜尚中政治学入門』『悩む力』『続・悩む力』『心の力』『悪の力』など多数。小説作品に、『母―オモニ―』『心』がある。

高砂百合の花

 お隣に高砂百合の花が咲いている。ユリ科ユリ属の多年草で鉄砲百合と良く似ているが、葉っぱが細く、花の外皮に薄い紫色の筋が入っている。球根だけでなく種でも増えるので繁殖力が強く、ド根性百合として道路わきに咲いているのが目に付く。

俺の夏・・8月18日(土)

朝夕は涼しく、日中はすっきりした青空と白い雲。からっとした暑さが清々しく、日陰は涼しい。

これがおいらの夏だ。もう蒸した猛暑の体感はしたくない。

でもね・・・昨日昼の珍満のラーメンでメコンハイもいまいちだったのは本物だった。夜中ムカムカが襲って来たよ!

またトイレに駆け込む事態になってしまう。

それから寝込んでしまったから、日記アップが遅くなり、内容もなんだかなぁ?のような気がする。その後は体調も回復したきたので軽い朝食はする。パイは半分でカロリー調整。美味しいという事は体にいい事。

土曜の定番「旅サラダ」〜「途中下車の旅」観てウォーキンング。私の好きな夏が来たら日陰求めて神明六木遊歩道だろう。私が歩くようになって4,5年、ようやく綺麗になった道。京都に行く前は工事中だった。やっぱり涼しい遊歩道。木漏れ日の風景が私の夏を引き立てる。鏡のような川面に先日の増水の面影はなかった。

遊歩道突き当りに見える対岸の中川水門。その向こうには大型のボートが係留されている。水上バイクは各自で家まで移動しているようだった。

中川も水嵩が引いて普段の流れになっている。釣り人達が座れるようになってます。これが増水の時の写真。

たんなる中川土手の遊歩道ですが、私の眼には白線が紫色にチラチラしてるのだ。もう、帰ろうよ。

1時間ぐらいの運動療法だったが汗が出ていない。この夏が好きなんだ。

冷房入れるがヒヤッとするけどなぜか気持ちい。体調は完全に回復してる。ご飯98g子持ちめかぶを載せる。コーラは特保の0カロリー。大根サラダと残りのセロリ。これで腹八分になるんだ。胃袋がそうなっている。やはり昨日は昼ラーメンが失敗だった。

日大三が8回裏、逆転勝ち。今は東京在樹だから応援したくなる。岩手の花巻東は1回戦で敗退してしまった。

バスタ新宿の密着取材観たけど利用者が多いんだ。行きたい場所によっては便利かも知れない。車内も大分改装されて移動も楽だろうね。

夜は「つくし」へお土産持参。常連さん1人だったけど、上がり座敷は予約でいっぱいになりそう。早めに注文しないと食いっぱぐれになりそうなので注文だけは早めにしておいた。

これが大正解だった。間もなく老人会男女?が7,8人入ってきたらもう喧騒のるつぼになってきた。先客1人は早々と退散してしまった。お通しはおでん。予約客用に作ったごぼうチップからおしそわけです。「山芋ステーキ」バター焼き。俺には主食と主菜を兼ねている。副菜はお通しか?

おいらも喧騒から逃れるように勘定お願いします。

ママさんから長野のお土産頂きました。「みす〃飴」ゼリー。ご馳走さまです。

10時半・・・・。

(すきななつ こかげのほどう いとすずし)愚老人

 うつろいゆく季節 

明らかに空気が入れ替わり、朝の気配は秋の雰囲気だった。タイミングよく早めに起床していたので、軽い腰を上げお手軽に出かけられる佐野・三床山へ出かけた。草の生い茂った登山口付近では夜露でズボンもビショビショになったが、それも束の間のことでひんやりした冷気の中の登山は久し振りに気持ちの良いものだった。樹林が切れ始めて、視界が利くようになるとすかさず富士山・浅間山が見えて来た。そして、360°の視界が得られる一床山に登ると、透明度の良い空の下、北側には奥日光らの山々が一望できた。

床山で展望を楽しんでいると何やらザワザワと眼下の森の方から聞こえて来た。誰か木々を払いながら登っている人がいるのだろうか、と思ったが、そういう藪っぽいところはこの辺りの稜線にはないので、もしや何か動物か、とそろそろとピークから下り森の中に降りて行った。相変わらずザワザワと音がしていて、腰をかがめ様子を窺うとブハッという鼻息のような音まで聞こえて来た。これは熊か猪かとさらに慎重に歩を進めて行くと、小太りの薄茶色の猪がこちらに気付き一目散に藪の中に駆け降りて行く姿が見られた。と同時に数頭の猪と思われる動物が一斉に駆け降りて行った。そのわずか数秒の出来事の後、森はそれまでのザワザワした音が消え、静寂に包まれた。展望の得られない二床山を過ぎると、開けた岩峰から南側の展望が得られる。スカイツリーは認められなかったが、三床山と高松のピークが手入れの好き届いた美しいゴルフ場を挟むように見え、透明感あふれる景色だった。

下山して帰る途中から振り返ると、高松と三床山の姿が秋の空に美しく眺められた。季節が変わって行く。