主筆の船橋洋一が「だから日本は賠償金を払え」と馬鹿な記事も付けた。 - 文明のターンテーブルThe Turntable of Civilization on September 2016

以下は戦後の世界で唯一無二のジャーナリストである高山正之週刊新潮に連載している名物コラムの今週号からである。

見出し以外の文中強調は私。

日本軍は偉かった。

日本は昭和10年代、三菱MC20など立派な旅客機を作り、満洲の果てから台湾、パラオにまで定期便を飛ばしていた。 

英仏などはラングーンやバンコクに入っていたから日本もそこに乗り入れ、欧州便と繋げたかった。

しかしその希望は拒否された。飛行機は白人の力のシンボルだった。

植民地の民が逆らえば、例えば仏印では爆撃機ポテが飛んできて人々を機銃掃射した。

白人は神様で、その乗り物が飛行機だった。 

そんなところに黄色い日本の飛行機が飛んで来たら白人の権威はいっぺんに薄れ、植民地の民が今度こそ本気で騒ぎだす。

だから日本機は入れなかった。

ただポルトガル東ティモールだけは乗り入れを認めた。

褌一丁の原住民が暴れたところで鎮圧には何の造作もなかった。 

かくて大日航機がパラオ経由で首都ディリに飛んだ。

その2便目が飛んだ日が真珠湾攻撃の日だった。

以下は現地の守備隊員だった元NHK記者、山下信二による。

豪蘭軍がただちにディリを襲い、運航に当たっていた大日航の社員ら22人を拘束した。

日本側はポルトガルの了解を得て、まず蘭領西ティモールを制圧したうえでディリに入り邦人を救出した。

豪蘭軍は蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

ここで思わぬ事態が起きた。

地続きの西ティモールは白人が追い出され、民は自由になった。

課税も鞭もなくなったのに東側はポルトガル人が居座り、彼らが原住民に産ませたラモス・ホルタみたいな混血児がまだ鞭を振り回していた。

民は騒ぎ白人や混血児が襲われた。

植民地政府は日本軍に治安維持を懇願し、日本軍は民への過酷な税をやめることを条件に応じた。

民は喜んだ。

それで「遠くの村から豪州軍の斥候部隊が潜入してきたと連絡があった」(山下)。 

竹槍を持った村人が協力してラレイア川付近で銃撃戦の末に5人を捕捉した。

村人一人が戦死した。

日本側は以降、豪州兵を協力させて1個大隊の守備隊を10個師団ほどの大勢力に見せかける偽電信を送り、ついでにタバコやウイスキー、医療品を暗夜に空輸させた。

豪州側はすっかり騙され東ティモールの軍事攻略を諦めてしまった。

最後の交信は8月8日の「喜べ。日本は降伏した」だった。

日本側は軍司令官名で様々な情報と贈り物に心からの謝意を返電し、拘束してきた豪州兵らをスラバヤ経由で送り返した。

豪側はこの件をあまり話したがらない。

嫌がらせの戦犯法廷もなく、全員が無事帰還できた。 

NHKを退き、昭和女子大の先生をしていた山下に、なぜNHKはこんな素晴らしい日本軍の情報戦を番組化しなかったのか聞いた。

山下は「NHKでは日本軍は悪いに決まっていた」と寂しく笑っていた。 

しかし、たとえ東ティモールだけでも日本軍がいい人のままでは東京裁判史観に悖ると息巻く連中もいる。

嘘だけはうまい後藤乾一早大名誉教授は「日本軍は現地民4万人を殺した」と朝日新聞に書いた。

主筆船橋洋一が「だから日本は賠償金を払え」と馬鹿な記事も付けた。

慶応の倉沢愛子は日本軍が略奪したと書く。

褌一丁の民から一体何を盗ったというのか。

人間文化研究機構の加藤某も「あの島を強引に占領してポルトガルを不快にさせた」、(Voice誌)と書く。

連中が治安維持を懇請した事実も知らない。

日本は爪弾きされるものと思い込んでいる。

先日、そういう馬鹿な学者の言で汚れた耳を洗い漱ぐため東ティモールの海に泳ぎにいった。

日本軍が現地の人と豪州斥候部隊を捕らえたカイバダ村にも行った。軍が貯蔵用に使った横穴がそのまま残っていた。

豪州軍のB24がまさか偽電信とも知らずラッキーストライクを投下したラレイア川にも立って見た。

どこでも現地の人たちが多分、昔と同じ笑顔で我々を囲んでいた。 日本軍が強く心優しかったことがよく分かった。